刃物や道具をつくるだけが鍛冶屋ではない
鍛冶屋といえば?と、訊かれたらあなたはどのようにこたえるでしょうか?
「刀を作ってるところ」
「包丁を作ってるところ」
「鋏(はさみ)を作ってるところ」
「身近にないから…よくわからないな」
…と、いったところでしょうか?
もしかすると、ゲームの世界や、小説の世界ではよく目にはするけど、現実世界ではなじみがない。という方もいるかもしれません。なかには「鍛冶屋といえば、オレでしょ!」という方も、もしかしたらいるかもしれませんね。
鍛冶屋には実にたくさんの種類があります。
まずは日本伝統の刀をつくる刀鍛冶。
刀鍛冶は、刀匠のもとで5年以上もの研鑽をつみあげ、文化庁主催の作刀実地研修会を修了しないと名乗る資格すらあたえられないという…非常にきびしい修行を乗り越えなければいけない鍛冶屋です。現在は武器としての刀ではなく、観賞用の美術工芸品として製造されており、美術品として価値のあるもの以外はつくってはいけないというきまりが設けられているそうです。
つづいて…包丁や鋏を作る鍛冶屋を、包丁鍛冶、鋏鍛冶、専門鍛冶(包丁しかつくらない、鋏しかつくらないという、ひとつのものを専門的につくる鍛冶屋)とよんだり、野鍛冶(包丁、鋏、鉋、鍬など多岐にわたって、なんでもつくったり、修理したりする鍛冶屋)とよんだりするそうです。そのほかにも鉋鍛冶、鉈鍛冶、鍬鍛冶、鋸鍛冶等々、地域の地場にあわせた専門鍛冶が存在するそうですが、現在はなんでも、の、野鍛冶が多いようです。(農鍛冶とよぶこともあるそう)
また、歴史をさかのぼると、鉄砲鍛冶、車鍛冶、など時代に沿った鍛冶屋も。ちなみに車鍛冶というのは自動車ではなく、人力車のような大八車(だいはちぐるま)の車輪の部分をつくっていた鍛冶屋です。
自動車については製造規制によって鉄砲をつくれなくなった鉄砲鍛冶が、今の自動車の部品をつくる鍛冶屋にかわっていったそうです。ちなみに、日本ではじめて自転車をつくったのは鉄砲鍛冶だったそう。鉄砲の部品にもとめられる緻密さと精巧さは自転車や自動車の部品にもとめられるそれと同等のモノだったようです。
決まった名称はないようですが、Fe:FRAMEのように家具やオブジェ等をつくる、ものづくり鍛冶もいます。西洋発祥のロートアイアンなどの繊細な物から、無骨カッコいい系など、その種類は様々。
そして一番身近だけれどあまり知られていない鍛冶屋は、建設現場で活躍している鍛冶工です。
そもそも鍛冶屋が扱うのは鉄。
鉄と大まかにいっていますが、正しくは鋼(スチール)です。鉄:アイアン「iron」は『炭素が含まれていない純粋な鉄』です。 一方、鋼:スチール「steel」は『炭素が含まれ、純粋な鉄よりも丈夫になった鋼鉄』。とはいえ『アイアン家具』は純鉄を使った家具ではなく、鋼を使った家具です。ならば『スチール家具』というのでは?というとそれはちょっと違って…日本でスチール家具というと、オフィス用家具(ロッカー・書棚・デスクなど)の場合が多いです。
ちなみに『アイアン』と検索すると一番にでてくるのはゴルフクラブのアイアン。これももちろん純鉄でつくられていません。純鉄は非常にもろく、錆びやすいので、純鉄製のゴルフクラブだとすぐに壊れてしまいますね…。
アイアンには『鉄、または鉄のようにかたいもの。』という意味があるようなので、普段私たちが日常の中でアイアンとよんでいるものは『鉄のようにかたいもの』の意味で使っているという事になりますね。(その『鉄のように〜』の鉄も実は鋼の事を指していますよね。)
※鋼を作るまでの製鉄に関しては、起源や製法などをいってしまえばきりがなく、非常に奥深いものなので今回は触れません…。
私たちの身の回りにある鉄=鋼は、例えば、ドアの取っ手、鍵、お鍋などの調理器具、ハサミなどの文房具、などの小さなものから、乗り物、建物、橋など大きなものまで多岐にわたります。
まさしく「スチールで世界はつくられる」ですね。もちろん、鋼だけではなくステンレスなどの合金鋼等で作られている製品もたくさんありますよね。
さて、今回のテーマは鍛冶屋なのでそろそろ話をもどします。
そもそも“鍛冶”とは、とても簡単にいうと、金属を加工することです。
鉄になる素材を溶かして型に流し込む作業(鋳造ーちゅうぞうー)や、鉄を扱い、赤らめた鉄をたたくこと(鍛造ーたんぞうー)などです。なので前述した刀や包丁やハサミなどの刃物、家具やオブジェをつくっている職人たちだけが“鍛冶屋”というわけではなく、鉄骨造の建物で、図面に合わせて現地で鉄骨を切り出し、くみ上げ、ボルトでつなげたあと溶接して建物の骨組みをつくり、時には手すりや階段などの建築金物の製作や設置…という作業をしている鍛冶工職人たちも正真正銘の鍛冶屋である、ということです。
つまり人の目に直接見えるもの、手に取れるものをつくっている鍛冶職人だけが鍛冶屋ではないということ。
ちなみに…Fe:FRAMEの職人たちは、モノづくり鍛冶と高所作業が伴う現場の鍛冶工を兼任する期間がありますので、昭和な表現をすると『歌って踊れるアイドル(職人?)』といったところでしょうか。(平成〜令和のアイドルは歌って踊れるのが当たり前ですが…)
さらに余談ですが、馬の蹄鉄をつくって、脚につけて、爪を切って、調整して…をされている装蹄師さんも、蹄鉄をつくる際に鍛冶作業をしていますよね。世の中には、鍛冶屋と名乗っていないだけで、実は隠れ鍛冶屋がたくさんいるのかもしれません。
ここでもう一度。鍛治屋といえば?
「鉄でモノづくりをしている人たち」
「工事現場にも鍛冶屋がいる」
「つまり…あなたたちでしょ?」
そう、冒頭の「鍛冶屋といえばオレでしょ!」は実は、私たちのセリフなのです。
なので『鉄でお困りのことがあれば是非ともまずはご相談いただきたい』という想いを日頃から大切にしています。
鍛冶屋だけにいえることではないかもしれませんが、鍛冶屋全体にもうひとつ共通していることがあります。それは後継者や若い担い手の確保について頭を悩ませる場面が多いということ。
例えば、刀鍛冶になるには5年という長い修行を積まなくてはいけない。その5年間は無給であり、財力がないと修行すらできず、修行のために費用(材料費、施設使用料)がかかる場合もあるそう。また、鋏鍛治は全ての工程を一人で行えるようになるまで、10〜15年はかかるといわれており、非常にきびしい世界であることが窺われます。
師匠の背中をみて、技を盗んで学ぶ。
そうやって代々、技を受け継いできたのだから…という時代ではもうなくなっています。技術の進歩によって、専門鍛冶が作ってきた刃物は機械によって大量生産され、ホームセンターには種類も豊富にずらりとならんでいます。それでも、鍛冶屋の手がつくった道具には、その手にしかつくり出せない味わいや、手でつくるからこそ、使う人に合わせた微調整ができるというもの。
AIにモノづくりをさせるのではなく、職人を育てていくカリキュラムの方にAIを導入していけば鍛冶屋の世界がますます発展するのではないかと思います。
3K(きつい、汚い、危険)とよばれている、鍛冶工が属する建設業界も常に人手不足に悩んでいます。新3K(給与、休暇、希望)(かっこいい、稼げる、けっこうモテる としている会社さんもあるようです)を掲げ、業界全体の改革を乗り出していますが、その一方で建設作業を担うAIロボットの開発も進んでいるとか…。
今の子どもたちの65%は大学卒業時に今は存在していない職業に就くといわれています。
その残りの35%の中に鍛冶屋は残っていられるのか。はたまた、鍛冶屋独自の進化を遂げて、新しい鍛冶屋として65%の中に仲間入りすることができるのか。
どちらにしても、このまま立ち止まっていてはいけない。
このポスターを鉄工所のかたすみで見上げながら今日も思うのでした。